店内に入って、ショーケースを見ると、さっき出してもらった3本のうちの2本はショーケースに戻っているのに、短鏡胴の1本だけが見当たらない。
僕は急いで店員に聞いてみた。
「すいません。さっきのエルマー、もう一度見せてもらいたいんですけど、無くなっちゃいました?」
すると店員は「えっ?あ、ああ、ありますよ・・・。」とカウンターの下から出して来た。
どうも僕があまりしつこく見ていたものだから、旧かもしれない・・・と気付いたらしい。
もう一度鏡胴番号を確認した。総てクリア。
「これ、買います。」
図らずも1発で旧エルマーを引き当ててしまったのはラッキーだった。
僕はその後、この旧エルマーの為にDlllも手に入れた。
M型にアダプタでも良かったのだが、やはり旧エルマーにはバルナックを合わせたかった。
写りが違う訳では無い。飽くまで「気分」の問題である。

それからしばらくは、何処へ行くにも必ず、旧エルマーを着けたDlllを鞄に入れた。
写りも期待を裏切らないものだった。
旧エルマーは、もう80年も前のレンズなのに、思いの外良く写る。
しかし、そこにはどことなくレトロで懐かしい雰囲気が漂っていて、望んだ通りの木炭デッサンの様なトーンだ。
新エルマーを使った事が無い僕には、新エルマーの写りとの違いは判らない。多分巷で言われている様な決定的な違いというのは無いと思う。
新エルマーでも同じ絵が撮れるかも知れない。
しかし、「旧エルマーで撮る」という行為は、僕自身の気持ちを鼓舞する。
ワクワクした気持ちの中では感性も鋭くなる。
そういう「気分」が撮る写真に与える影響は、決して小さく無いと思うのだ。
旧エルマーで撮った写真を眺めつつ、僕はもう一度、あのセピア色のパリの写真を見つめた。
HOLGAで撮られたセピア色のパリの写真よりは、しっかりした写りだが、懐かしい、デジャ・ヴの様な描写は同様だ。
僕は、旧エルマーを着けたDlllのファインダーを覗いて、東京の街をパリに変える。